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東京地方裁判所 昭和56年(ワ)11921号 判決 1982年12月13日

原告

海老原貢

ほか一名

被告

加藤孝

主文

一  被告は原告らに対し、各金四〇九万六五八九円及び各内金三七二万六五八九円に対する昭和五五年一〇月一一日から、各内金三七万円に対する昭和五六年一〇月一六日から各完済まで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告らのその余の請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用はこれを二分し、その一を原告らの、その余を被告の各負担とする。

四  この判決は、原告ら勝訴の部分に限り、仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は原告らに対し、各金一一〇〇万円及びこれに対する昭和五五年一〇月一一日から各完済まで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行の宣言。

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告らの請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

第二当事者の主張

一  請求の原因

1  事故の発生

昭和五五年一〇月一〇日午前九時二〇分ころ、千葉県市原市戸面三二五番地先路上において、訴外海老原博(以下、亡博という)が自動二輪車(足立め一七八五、以下、被害車両という)を運転して同所で右転回し、東京方面へ向かう走行車線に進入した時、東京方面から勝浦方面に向けて時速八〇キロメートル以上の速度で進行してきた被告運転の普通貨物自動車(足立四五に三七八〇、以下、加害車両という)が対向車線へ進入したため被害車両と衝突し、これを転倒させ、よつて亡博を翌日午後〇時五二分脳挫傷により死亡させた。

2  責任原因

本件事故は、被告の速度違反、センターラインオーバー、前方不注視の過失により生じたものであり、被告は民法七〇九条により損害賠償責任を負う。

3  損害

(一) 亡博の逸失利益 金三三一六万円

亡博は、事故時一七歳の男子で、有限会社日本ニユースサービスに勤務し、月額金一四万円程度の給与を得ており、将来にわたり男子労働者の平均賃金程度の収入を得られることが明らかであつた。

よつて、昭和五六年賃金センサスの男子労働者の平均賃金である金三六三万三四〇〇円を基礎とし、生活費として五割を控除し、稼働可能な一七歳から六七歳までの逸失利益の現価をライプニツツ式計算法により中間利息を控除して算定すると、次のとおり金三三一六万円(万円未満切捨)となる。

3,633,400×(1-0.5)×18.2559=33,165,493

原告らは、亡博の両親であり、右金額の二分の一にあたる金一六五八万円をそれぞれ相続取得した。

(二) 葬儀費用 各金五〇万円

(三) 慰藉料 各金五〇〇万円

原告らは、若くしてこの世を去つた唯一の長男を失い、その悲嘆は筆舌に尽くし難い。その精神的苦痛を金銭評価すれば、それぞれ金五〇〇万円を下らない。

(四) 損害のてん補

原告らは、自動車損害賠償責任保険(以下、自賠責保険という)から金一六〇〇万円(各金八〇〇万円)を受領したので、右(一)ないし(三)の合計額からこれを控除すると各金一四〇八万円となるが、本訴においては各内金一〇〇〇万円を請求する。

(五) 弁護士費用 各金一〇〇万円

4  よつて、原告らは被告に対し、合計各金一一〇〇万円及びこれに対する事故の翌日である昭和五五年一〇月一一日から各完済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求の原因に対する認否

1  請求の原因1の事実は加害車両の速度を除き認める。加害車両は当時時速約五七キロメートルで走行していた。

2  同2のうち、前方不注視の過失は認めるが、その余は否認する。

3(一)  同3(一)は争う。

亡博は、事故当時一七歳で就職しており、現実収入を得ていたのであるから、逸失利益の算定にあたつては男子労働者の平均賃金を用いることなく、事故当時の現実収入を基礎とすべきである。

(二)  同(二)は争う。葬儀費用は合計金六〇万円を上回ることはない。

(三)  同(三)は争う。

(四)  同(四)の原告らが自賠責保険から合計金一六〇〇万円(各金八〇〇万円)を受領したことは認める。

(五)  同(五)の事実は不知。

三  抗弁

亡博は、本件事故現場付近の道路左端に勝浦方面を向いて被害車両を停車させていたが、加害車両が極めて近接した距離まで来ていたにもかかわらず、後方から来る車両に何らの注意も払わないで、突然被害車両を発進させて右転回しようとしたため加害車両と衝突したものである。亡博が東京方面(後方)の安全確認をしさえすれば加害車両を発見し、被害車両の発進を見合わせることは容易であり、そうすれば事故の発生は未然に防止できたと考えられる。従つて、亡博の過失は極めて大きいから、損害額の算定にあたり、大幅に過失相殺がされるべきである。このことは、自賠責保険において被害者の重過失が認定され、保険金額から二割の減額がされていることからもうかがえる。

四  抗弁に対する認否

抗弁事実は争う。

被害車両と加害車両の衝突地点は、加害車両からみて対向車線内であるところ、被告は、被害車両が動き出すのを感じながら、減速もせず、クラクシヨンを鳴らすこともなく、無謀にも時速八〇キロメートル以上の速度でセンターラインを越えてこれを追い越そうとしたものであり、被告の過失は重大である。また、現場の加害車両のスリツプ痕は右車輪による一条のみしかなく、ブレーキが片ぎきで故障していたものと思われる。

他方、仮に亡博に後方安全確認義務があるとしても、同人はウインカーを出し微速発進し、センターラインを越えたところで衝突されたのであるから、被告の過失と対比して斟酌すべき程の過失ではない。

第三証拠〔略〕

理由

一  請求の原因1(事故の発生)の事実は、加害車両の当時の走行速度を除き当事者間に争いがなく、請求の原因2(責任原因)のうち、被告に前方不注視の過失があることは当事者間に争いがないから、被告は民法七〇九条により、本件事故により生じた損害を賠償する責任を負う。

二  請求の原因3(損害)について判断する。

1  亡博の逸失利益

成立に争いのない甲第三号証及び原告海老原貢本人尋問の結果によれば、亡博は、本件事故当時一七歳の男子で、高等学校を中退した後、有限会社日本ニユースサービスに約一年勤務し、月額金一四万円程度の給与を得ていたことが認められ、他にこれに反する証拠はない。

ところで、死者の逸失利益の算定は、将来の稼働可能な期間全体について長期的にみてどれだけの収入を得る蓋然性があるかという観点から考慮し、推認すべきものであり、亡博のように就労して間もない若年労働者については、逸失利益算定の基礎となる収入を事故当時の現実収入額に固定することは合理的ではないから、被告の主張は理由がない。

そして、亡博が一七歳で現実に就労していた事実を考慮すると、本件の場合には新高卒程度の学歴の男子労働者の平均賃金を基礎として逸失利益を算定するのが相当である。

そこで、亡博が本件事故がなければ稼働可能であつたと推認される一七歳から六七歳までの間について、新高卒の男子労働者の平均賃金(事故後一年間は昭和五五年賃金センサス第一巻第一表産業計・企業規模計の金三二九万九一〇〇円、その後の期間は昭和五六年同統計の金三五一万〇四〇〇円)を基礎とし、生活費として五割を控除し、ライプニツツ式計算法により年五分の割合による中間利息を控除して逸失利益の現価を算定すると、次のとおり金三一九四万二一四四円(円未満切捨)となる。

3,299,100×(1-0.5)×0.9523=1,570,866 3,510,400×(1-0.5)×(18.2559-0.9523)=30,371,278

1,570,866+30,371,278=31,942,144

原告らは、亡博の逸失利益を金三三一六万円と主張するが、右金三一九四万二一四四円を超える部分については、これを損害と認めるに足りる証拠はない。

前掲甲第三号証によれば、原告らは、亡博の両親であり、法定相続分は各二分の一であることが認められるので、右逸失利益の二分の一にあたる金一五九七万一〇七二円をそれぞれ相続取得したことが認められる。

2  葬儀費用

原告海老原貢本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば、原告らは亡博の葬儀費用として金一〇〇万円以上を支出したことが認められるが、本件事故と相当因果関係のある損害は金七〇万円(各金三五万円)と認められる。

3  慰藉料

原告海老原貢本人尋問の結果によれば、原告らは、本件事故により若年の亡博を失い、多大の精神的苦痛を受けたことが認められるところ、これに対する慰藉料は各金五〇〇万円と認めるのが相当である。

4  合計

以上1ないし3を合計すると、原告らの損害額は、各金二一三二万一〇七二円となる。

三  そこで、抗弁について判断する。

1  現場の状況及び事故態様について

原本の存在及び成立に争いのない甲第四号証、第五号証、成立に争いのない甲第六号証(後記措信しない部分を除く)、原告海老原貢本人尋問の結果により事故現場の道路の写真であると認められる甲第九号証、証人片山良夫、同高木早苗、同町田明彦の各証言、証人菅原幹夫の証言(後記措信しない部分を除く)、原告海老原貢及び被告の各本人尋問の結果を総合すると、以下の事実が認められる。

本件事故現場の道路は、市原市国本方面(東京方面)と大多喜町方面(勝浦方面)を結ぶ直線で平たんなアスフアルト舗装道路で、歩車道の区別があり、車道の幅員は七・九メートルで、道路中央に破線が引いてあるだけで、その他の交通規制はされていなかつた。また、事故現場は、東京方面から勝浦方面に向かうカーブの下り坂の終了した地点で、路面は乾燥していた。

亡博は、事故当日、友人一二、三名と共に自動車とオートバイを連ねて養老渓谷にドライブに来ていたものであるが、事故現場付近の車道左端の路側帯部分に勝浦方面を向いて、後部座席に高木早苗を同乗させて被害車両を停止させていた。そして、その前方に停止していた町田明彦運転のオートバイと共に、道路反対側約七〇メートル東京寄りの駐車場にいる仲間のところへ行くためUターン(右転回)をしようとして、勝浦方面を向いたまま、右折の合図であるウインカーを点滅させた。

一方、被告は、御宿方面へ釣に行くため、子供を同乗させて加害車両を運転し、時速約六〇キロメートル近い速度(現場のスリツプ痕からの推定)で事故現場に差しかかつた。当時は晴天で、見通しが良く、被告は、前方約五六・八メートルの道路左側の地点に被害車両が停止しているのを発見し、そこから約一五・八メートル進行したとき被害車両が動き出す気配を感じてセンターライン側に寄つた(なお、被害車両のウインカーの点滅には気づかなかつた)。そして、前方約二六・八メートルの走行車線内道路中央寄りの地点に被害車両が出てきたのを発見し、急ブレーキをかけたが間に合わず衝突したものであるが、衝突地点は対向車線内であり、そのとき加害車両はほとんど車体全体が対向車線内に入つていた。また、被告は、被害車両が動き出す気配を感じてから減速はしておらず、クラクシヨンを鳴らして警告することもなく、被害車両の右側を追い越そうとしていたものであつた。なお、現場のスリツプ痕は、加害車両の右車輪による長さ一八・九メートルの一条のもののほか、長さ四・五メートルの一条のものがあつた。

以上の事実が認められるところ、前掲甲第六号証及び証人菅原幹夫の証言中には衝突地点は加害車両の走行車線内である旨の記載及び証言部分があるが、これらは証人高木早苗、同町田明彦の各証言及び被告本人尋問の結果に照らして措信できないし、他に前記認定を覆すに足りる証拠はない。

2  過失割合について

一般に、車両は他の車両の正常な交通を妨害するおそれがあるときは転回してはならないとされ、転回車は直進車に対し劣後の立場にあるものと解され、本件のような態様の事故についても五割を大幅に超える過失相殺がされる例も相当あり、本件について自賠責保険が二割の減額を行つているのも右の考えによつたものと思われる。

しかし、本件の場合、被告からの前方の見通しは良く、被告は、ウインカーの点滅に気づかなかつたものの相当手前から被害車両が動き出す気配を感じていたのであるから、まずその時点で減速し、被害車両の動静を十分注視しておれば、被害車両が右転回しようとすることが予測できたものと考えられる。そして、道路の幅員に照らしてみると、被害車両が対向車線内に入つてしまうまでに要する時間はごくわずかであると推定されるから、被告が安易に追い越しをかけずに減速して走行車線を進行しておれば、容易に事故の発生を防止できたはずである。また、それ以前に、被告が被害車両が動き出す気配を感じた時点でクラクシヨンを鳴らして警告しておれば、亡博が加害車両の接近に気づき、加害車両が通過するまで発進するのを控えたであろうと考えられ、やはり事故の発生を防止できたはずである。従つて、被告の過失は相当大きいと言わねばならない。

他方、亡博にとつても、後方の安全確認を十分しておれば、加害車両の動静に注意し、その通過を待つてから発進することは容易にできたはずであり、亡博の過失もまた大きいと言わねばならない。

そこで、前記事故態様に照らし、亡博の過失を斟酌して、損害額の四五パーセントを減額することとする。

四  賠償額

1  過失相殺

前記二4の各金二一三二万一〇七二円につき四五パーセントの過失相殺をすると、各金一一七二万六五八九円(円未満切捨)となる。

2  損害のてん補

原告らが自賠責保険から各金八〇〇万円を受領したことは当事者間に争いがないから、これを前項の金額から控除すると、各金三七二万六五八九円となる。

3  弁護士費用

原告海老原貢本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば、被告が原告らの損害を任意に賠償しないので、原告らが原告ら訴訟代理人に本訴の提起、追行を委任し、報酬の支払約束をしたことが認められるところ、本件事案の内容、難易、審理の経過、請求額及び認容額等を考慮すると、原告らが被告に対し本件事故と相当因果関係のある損害として賠償を求め得る弁護士費用は、各金三七万円と認められる。

五  結論

よつて、原告らの本訴請求は、被告に対し、前記四2及び3の合計各金四〇九万六五八九円及び弁護士費用を除く各内金三七二万六五八九円に対する事故の翌日である昭和五五年一〇月一一日から、各内金三七万円に対する訴状送達の日の翌日であることが記録上明らかな昭和五六年一〇月一六日から各完済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから認容し、その余は失当として棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条本文、九三条一項を、仮執行の宣言につき同法一九六条一項を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 芝田俊文)

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